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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)97号 判決

原告 大豊興業株式会社 外九名

被告 大阪市

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が昭和五九年六月一一日付大阪市告示第三三八号をもつて公告した大阪都市計画事業阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業事業計画決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの立場と本件事業計画決定の存在、概要

(一) 原告大豊興業株式会社(以下「原告大豊興業」という。)は、大阪都市計画事業阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業(以下「本件事業」という。)の対象である阿倍野A1地区内に土地・建物を所有するもので、本件事業の実施により、直接にその生活環境、財産、営業等に甚大な影響を蒙る立場にある。

原告大豊興業を除くその余の原告ら(以下「原告斉藤外八名」という。)は、いまだに都市計画決定も事業決定もなされてはいないものの、阿倍野地区第二種市街地再開発事業(以下「全体事業」という。)の予定地区であるA2地区に土地・建物を所有し、もしくは土地・建物を賃借して営業を営んでいるもので、全体事業ならびに本件事業の実施により、全体事業の予定地区の、あるいは本件事業に隣接する地区の地権者として、直接・間接に、生活環境、財産、営業等に甚大な影響を蒙る立場にある。

なお、以上の原告らの権利関係は、別紙(一)記載のとおりである。

(二) 被告は、昭和五九年六月一一日、都市再開発法(以下「法」という。)五四条一項の規定に基づき、本件事業の事業計画を決定し、同日大阪市告示第三三八号により、大阪都市計画事業阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業の事業計画を公告した(以下これを「本件事業計画決定」という。)。

なお、A1地区についての本件事業計画決定に先立つ都市計画決定については、大阪府知事が、昭和五三年一一月二九日、大阪府告示第一六九六号及び昭和五五年二月二五日、大阪府告示第二四三号により、都市計画法二一条二項、同法一八条一項に基づき都市計画決定の公告をしている。

(三) 本件事業計画の概要は次のとおりである。

(1) 本件事業計画決定にかかる施行地区は、大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目、同区旭町一丁目、同二丁目、同三丁目の各一部で、その所在位置は別紙(二)A1地区事業計画決定区域図のとおりであり、施行面積は、約五・三四ヘクタール、その内、現況が道路である部分が約〇・六ヘクタール、宅地部分が約四・七四ヘクタールである。

全体事業の施行地区は、住居表示による町名とは異なつた地域をひとつのまとまりとする町会を単位として定められており、本件事業計画決定によるA1の施行地区は、旭町一丁目北町会の一部と、旭町南町会及び旭町二丁目東町会の全部を包含する地域である。

右施行地区の形状は、北側が尼崎平野線によつて直線的に画されている他は、東、南、西側とも複雑に折れ曲つた古くからの町会の境界によつて画されているため、極めて不整形な形状となつている。

(2) 前記施行地区内には、再開発によつて、約一・九五ヘクタールの道路と三・三九ヘクタールの宅地が設けられ、公園、緑地、広場等は一切設けられない。

右の道路面積の大部分は、施行地区の中央部に南北方向に設けられる幅員三〇メートルの幹線道路金塚南北線である。

建築物としては、金塚南北線の東側施行地区内に、A1―1棟(一五階建、ホテル棟)、A1―2棟(一五階建、商業ビル)、A1―3棟(一七階建、住宅、商業併用ビル)の高層建物、金塚南北線の西側に、C5棟(一六階建、住宅、商業併用ビル)、C2―3棟(四階建、商業ビル)、C3―2棟(八階建、商業ビル)、C4棟(一四階建、住宅用ビル)の高層、中層建物が建設される。

右の建物、床面積の合計は約二四万平方メートルで、用途別の面積は、住宅用六万一二〇〇平方メートル、店舗用六万五〇〇平方メートル、ホテル用一万二六〇〇平方メートル、事務所用五万四五〇〇平方メートル、駐車場三万五四〇〇平方メートルなどである。

道路、建物の配置図は、別紙(三)A1地区施設建築物位置図のとおりである。

2  本件事業計画決定の違法性

(一) 内容的違法

(1) 本件事業計画決定にかかるA1地区については、昭和五三年一一月二八日大阪市告示第八一〇号の二及び昭和五五年二月二五日大阪市告示第一二七号をもつて、都市計画法八条一項三号にいう高度利用地区の指定を受け、昭和五三年一一月二九日大阪府告示第一六九六号及び昭和五五年二月二五日大阪府告示第二四三号をもつて、第二種市街地再開発事業の都市計画決定を受け、昭和五九年六月一一日大阪市告示第三三八号をもつて、前記1(三)の事業を内容とする本件事業計画を決定し、これを公告した。

しかしながら、A1地区の都市計画決定は、以下のとおり第二種市街地再開発をするべき要件を満たしていないから違法であり、これを前提とする本件事業計画決定も違法である。

(2)〈1〉 市街地再開発事業は、都市計画法一三条にいう都市計画基準として規定しているように、「市街化区域内において一体的に開発し、又は整備する必要がある土地の区域について定める」ものである。これを受けて、法三条の二、二号ロで、施行区域は、「公共施設の整備と併せて当該区域内の建築物及び建築敷地の整備を一体的に行うことが合理的であること」が必要であるとされ、同法四条二項で、「建築敷地の整備に関する計画は、前号の高度利用形態に適合した適正な街区が、形成されるように」市街地再開発事業の都市計画を定めるよう義務づけられている。それ故、市街地再開発事業の施行区域の指定の前提となる高度利用地区の指定区域についても、建設省の定める指定基準において、その地区の形状は「できる限り整形のものと」し、その境界は「原則として、道路、河川その他土地の区域を明示するものに適当な地形、地物等により定める」とされている。

以上の諸規定からも明らかなように、市街地再開発事業は、要するに、道路、河川などの適当な地形によつて区域が明示され、整形の一街区を一体的に開発して整備することが必要であり、かつ合理的である地域で施行されるべき事業であるということができる。

したがつて、右の法の趣旨によると、適正な一街区を形成できない区域における市街地再開発事業は許されないし、いわんや、適正な一街区の形成が不可能であるのに、行政の都合によつて恣意的に一部地域についてのみ再開発事業の施行区域を定めることは許されない。

〈2〉 ところで、本件事業計画決定の施行区域であるA1地区は、旭町南、旭町一丁目北、旭町二丁目東の各町会を構成する区域であり、北側は、尼崎平野線の街路で画され、その境界は明らかであるが、東・南・西は複雑な曲線で画され、その境界は極めて不分明であり、施行区域全体の形状は中央の東西間がくびれ南北に細長い不整形なものであり、A1地区の再開発によつても、整形の一街区が形成できないことは明らかである。とくに、本件事業計画によると、A1地区の中央部には南北方向に幹線街路として金塚南北線が設けられるが、これにより、A1地区の建築物は金塚南北線の東西に残つた幅の狭い土地に建築せざるを得ず、結局、東西に分断された南北に極めて細長い不整形な街区が形成されるにすぎない。

よつて、本件事業計画の対象であるA1地区は、適正な街区の形成が不可能であるから、A1地区に対する施行区域の設定は違法である。

〈3〉 かかる事態に至つたのは、当初、阿倍野再開発は、金塚地区全体の一体的再開発から出発したものの、地元住民の反対運動にあつて、計画の変更などの紆余曲折を経て、結局、昭和五一年から町会別に段階的に再開発を実施することになつたためである。

したがつて、町会別に都市計画が進められたために、A1地区をはじめB1、C1地区などの都市計画を個別にとりあげると、その施行区域はいずれも極めて歪な形状をしており、その境界も不分明なものにならざるを得なかつた。

かえつて、所謂A2地区を含めてA1、B1、C1、Dの全てを一体としてみれば、尼崎・平野線、長柄・堺線、津守・阿倍野線に囲まれた、おおよそ整形の一街区が形成されるけれども、本件事業計画決定の対象たるA1地区は適正な街区の形成が不可能であるから、違法な施行区域の設定であるといわざるを得ない。

〈4〉 ところで、被告は、阿倍野再開発事業は金塚地区全体の事業であると主張し、A2地区についても将来都市計画決定を行つて再開発をすすめる意向を明らかにしている。事実、かねてより、尼崎・平野線、長柄・堺線、金塚南北線、金塚東西線の道路に囲まれた部分を被告はAブロツクと称して、種々のAブロツクの再開発構想を発表している。ちなみに、本件事業計画決定に先だつ約半年前の昭和五八年一一月に被告の発表したAブロツクの計画案は別紙(四)Aブロツク配置図のとおりである。

右の事実からも明らかなように、今回事業計画決定されたA1地区と未だ何らの決定もされていないA2地区の再開発は一体であり、これを分離して事業計画を進めることはそれ自体極めて困難である。

そして、本来、一体であるべき再開発事業につき、町会ごとに事業計画を細分化したために、地権者、借家権者に対し、適切な権利床を配置調整することができず、これら地権者、借家権者に事業決定の先行する他地区の保留床を権利床価格で分譲するという特定分譲制度なる便法を被告が特に認めている事実も、右の事情を雄弁に物語つているといえよう。

A1地区の東側部分とA2地区をあわせたAブロツクにあつては、四方を街路で囲まれた整形の街区となるから、これを一体的に再開発することによつて、適正に建物、道路を整備しうるにもかかわらず、被告はこれを二分し、A1地区という極めて歪な地域をあえて設定している。この結果、A1地区においても、適正な道路、建物の配置が不可能となつて良好な都市環境をつくりだせないばかりか、A2地区も必然的に歪な形状とならざるを得ず、A1地区のみの再開発が進行すると、A2地区において今後、再開発を行うか否かにかかわらず、A2地区の将来の健全な街区の形成、発展が著しく阻害される結果となることは火を見るより明らかである。

したがつて、A1地区の事業計画の進行によつて著しく影響を受けるA2地区の原告斉藤外八名にとつても、本件事業計画決定は違法であるというべきである。

(3) 次に、第二種市街地再開発事業の施行区域に指定するには、施行区域内に十分な公共施設のないこと、及び、公園又は広場その他の重要な公共施設を早急に整備する必要のあることが必要であり、かつ、計画を定めるにあたつては、「当該区域が、適正な配置及び規模の道路、公園その他の公共施設を備えた良好な都市環境のものとなるように定めること」を要する(法四条二項)。

ところで本件事業計画によると、新設される公共施設は、幅員三〇メートルの金塚南北線のみである。しかし、この金塚南北線は、金塚地区北側を東西に走る尼崎・平野線と南側に東西に走る津守・阿倍野線を長柄・堺線と平行に結ぶ全長五九〇メートルの地区内道路にすぎない。かかる地区内道路として幅員三〇メートルもの道路を必要とする合理性は全く存せず、この金塚南北線をもつて、法の求める重要な公共施設ということはできない。

かえつて、この金塚南北線によつて、A1地区の施行区域は二分され、とくに、中央北部の東西にくびれた地区はその東西幅の二分の一近くが道路用地となる有様で、道路をはさむ東西の地区は、南北に極めて細長い不整形の敷地とならざるを得ない。この結果、東西幅の狭い敷地に、道路に面する形で南北方向に細長い住宅用再開発ビルを建設せざるを得ず、このため、これらの住宅は、そのほとんどが、南側に面する窓を設けることができない極めて不健全なものとなる。

このように、唯一の公共施設たる金塚南北線は、それ自体公共性を備えないばかりか、他の建築物(とくに住宅棟)の健全な配置をも阻害しているといわねばならない。したがつて、本件事業計画決定は、法三条の二の要求する「公共施設」を備えないばかりか、建物等の適正な配置によつて、「良好な都市環境のものとなるように」計画を定めるべきであるとする同法四条二項二号、同三号の規定に反した違法なものである。

(4)〈1〉 更に、市街地再開発事業は、「当該区域内の土地の高度利用を図ることが、当該都市の機能の更新に貢献すること」(法三条の二・一号、三条四号)を要する。

阿倍野再開発事業は、要するに、金塚地区の低層木造家屋を取り壊して幹線道路の拡張と、高層の住宅及び商業ビルを建築する事業であるが、かかる高層ビルの建築によつて、「都市機能の更新」を図ることは不可能というほかない。

まず、第一に、現在の金塚地区内の商店についてみるに、確かに土地が細分化され、従来からの木造建物をそのまま改装し店舗として使用しているけれども、それだからこそ、営業経費をおさえることができ、金塚地区の住民に対し低廉なサービスを提供することが可能となつている。

ところが、本件事業計画どおりに高層ビルに店舗が設けられるに至つたとき、従前から金塚地区内で営業していた十分な資本を持たない商人達が、従前と同様の形態の営業を行うことができないことはいうまでもないし、また、だからといつて、高層ビルの商店にふさわしい店舗にするために、内装を整え、新しい事業を開始することは、資金力の点からも不可能を強いることである。

そうすると、結局、高層ビル化は地元の商人達を追い出す結果となるだけで、かかる事態を「都市機能の更新」として認めるのは極めて疑問といわざるを得ない。

〈2〉 また、高層ビル化することによつて、店舗面積、住居面積が従前より飛躍的に増大したからといつて、同じく被告が施行者となつて再開発を実施した大阪駅前再開発ビルの地下商店街のように一日中人気の少ない通路となつて、閉鎖した店舗が並ぶ一方、その中に無秩序にゲームセンターや喫茶店のみが開店しているようでは、かかる高層ビル化が「良好な都市環境」の創造でないことはもちろん「都市機能の更新」でないことも明らかであろう。

ところで、本件全体事業計画においては、将来の全店舗面積が約二七万九一〇〇平方メートルと計画されているが、これは、現況の住宅も含めた金塚地区全体の建物の床面積合計である二〇万平方メートルの約一・四倍にあたる。かかる巨大な店舗を金塚地区の東半分に集中させて、これを維持発展させることは、大阪駅前再開発ビルの例をひくまでもなく、明らかに不可能なことであり、全体事業完成のあかつきには、かえつて阿倍野の中心に、建物だけが美しい荒廃した街をつくることにならざるを得ない。

そうすると、「都市機能の更新」が、単に高度利用地区として高層建築物をつくることでない以上、かかる荒廃を招く本件事業計画は違法である。

(二) 手続的違法

(1) 被告の本件事業計画決定の手続は、以下のとおり法律手続違反であり、取消しを免れない処分である。

(2) 地元住民の同意の欠如

〈1〉 都市再開発事業は、施行区域内全域について密度の高い質的変換をもたらす事業であり、当該地域住民の就業等の社会生活全般にわたつて、直接に影響を与えるものであるから、その事業を実施するについては、その手続全般にわたり住民の同意を不可欠の要件とすべきである。

ところで都市再開発法によれば、第一種市街地再開発事業を個人施行で行う場合には、施行区域となるべき区域内の宅地または建築物について権利を有する者があるときは、事業計画について、これらの者(全員)の同意を得なければならないとされており(法七条の一三、一項)、また、組合施行の場合には、組合の設立について施行地区となるべき区域内の宅地について所有権を有するすべての者及び区域内の宅地について借地権を有するすべての者のそれぞれ三分の二以上の同意を得なければならないとされている(法一四条)。

一方、第二種市街地再開発事業については、住民の同意については、法に格別の定めはされていない。

しかしながら、第二種市街地再開発事業についても前述の都市再開発事業の特徴はそのまま妥当し、住民の同意を要件とすべきことは、当然のことであるが、第二種市街地再開発事業が権利変換方式よりも住民の権利に与える影響が、より直接的で重大な全面買収方式を採用していることを考えれば、住民の同意の必要性はむしろ第一種市街地再開発事業よりも大きいものといえる。

したがつて、第二種市街地再開発事業についても、住民意思を無視することは許されるものではなく、第一種市街地再開発事業を個人施行で行なう場合に、施行区域内の宅地又は建築物について権利を有する者全員の同意を要件としている法の趣旨からすれば、第二種市街地再開発事業の施行についても、前記権利者の大多数の同意を不可欠の要件とすべきである。

さらに、本件全体事業については、被告は住民意思を尊重する旨を繰り返し約束しているが、このことは被告自身がこの趣旨を認めているものである。

〈2〉イ ところで、被告は全体事業を町会別に分割し、反対の少ない地区からなし崩し的に法定手続を進め、事業を施行して来た。それがためA1地区の西側に隣接する0111、0112地区及び東南に位置するB1地区では、管理処分計画決定がなされ、一部工事も終了しており、又、南側に隣接するB2地区も管理処分計画が、今年度中に決定される見込とされている。

ところが、当然のことながら、先行している各地区の事業は、全体事業の完成を前提としたものであり、A1地区、ひいてはA2地区の都市再開発事業の開始を前提としたものである。A1地区は、もともとA工区の一部として、反対の強かつた地区であるが、他地区でどんどん事業が進展していくという前記のような状況のため、A1地区の住民の間には、反対しても無駄であるというあきらめや、取り残されるという不安が拡がり、反対の声も水面下に隠されてしまう結果となつた。被告が採用した町会別に分割するという方法は、正に住民の反対を押し込めるためのものであり、住民意思を故意に無視するためのものであるといつても過言ではない。

ロ 次に、被告は、町会別に組織された(A1地区についていえば)旭町南対策実行委員会や、旭二東対策協議会等の了解をもつて、A1地区住民の「同意」として手続を進めている。しかし、これらの組織を始めとする同様の住民組織は、全体事業遂行の先鋒として、被告の指導のもとに組織されたものであり、資金の面でも被告の援助を受けており、地元住民の意思を正しく反映するものではない。

ハ 本件事業計画決定は、A1地区住民の反対の声が水面下に押し込められた状態のもとで、被告の意を受けた旭町南対策実行委員会や旭二東対策協議会により、支持されたものにすぎず、A1地区住民の意思を無視してなされたものであり、いわんや、A1地区住民の大多数の同意に基づくものではない。

〈3〉 したがつて、本件事業計画決定は、都市再開発法及び前述の被告の約束に違反するものである。

(3) 法五三条違反

〈1〉イ 都市再開発法によれば、地方公共団体は、事業計画を定めようとするときは、その事業計画を二週間公衆の縦覧に供しなければならず(法五三条一項)、さらに、当該市街地再開事業に関係のある土地又はその土地に定着する物件について権利を有する者は、地方公共団体に対し、意見書を提出することができるとされている(法五三条二項、一六条二項ないし四項)。

これは、住民の意見を再開発事業に反映させるための制度であるが、十分にその意見を尊重するためには、意見を述べるための判断資料を住民に開示する必要があることは、いうまでもない。

ところで、本件事業計画は、全体事業の一部分として決定されたものであり、周辺事業区域との有機的関連性を抜きにしては、最終的にどのような再開発事業が実施されるのか判断できない性格のものである。特に、全体事業では、A1地区はA2地区と不可分一体のものとして計画されており、A2地区との関連性を抜きにしては、本件事業計画の当否を判断することは、不可能であるといつても過言ではない。

したがつて、都市再開発法の趣旨からすれば、原告大豊興業らA1地区住民に対しては、本件事業計画のみならず、A2地区をも含めた周辺事業計画地区の事業計画(若しくは予定)をも縦覧に供し、それについての意思を述べる機会を与えなければならないとすべきである。

ロ しかるに被告は、昭和五九年四月一八日から同年五月一日までの間、本件事業計画についてだけ、公衆の縦覧に供したのみであり、結局、原告大豊興業らA1地区住民に周辺の事業計画につき、意見を述べる機会を与えていない。

〈2〉 さらに、縦覧に供すべき事業計画は、その時点での正確な事業計画でなければならないことは、いうまでもない。ところが、被告が昭和五八年一一月にA2地区住民に示したAブロツク全体の事業計画は、A1地区とA2地区を不可分一体のものとして、計画したものであり、これによれば、A1地区の部分の内容は本件事業計画の内容とは、全く内容の異なつたものである。このことからして、被告が縦覧に供した本件事業計画が、被告が意図している正確な事業計画でないことは、明白である。

したがつて、A1地区住民は、いわば虚偽の事業計画を示されたにすぎず、事実上、意見に述べる機会を与えられていないといつても過言ではない。

〈3〉 右のとおり、本件事業計画決定は、法五三条二項、一六条二項ないし四項に違反した違法なものである。

(4) 周辺住民(A2地区住民)の同意の欠如

〈1〉 以上のとおり、本件事業計画決定は、原告大豊興業らA1地区住民の意思を無視したものとして違法であるが、さらに、原告斉藤外八名らA2地区住民との関係でも違法である。

〈2〉 本件事業計画は、全体事業の一部として計画されたものであるが、特に、東側に隣接するA2地区とは不可分一体のものとして、計画されたものであり、将来A2地区の都市再開発事業が実施されてはじめて、再開発事業として完成する計画である。

ところで、都市再開発法によれば、当該市街地再開発事業施行地区内の宅地の所有者、その宅地について借地権を有する者または、施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者は、当該市街地再開発事業によつて建築される建築物の一部、及びその敷地の共有持分を譲受けることができるとされ(法一一八条の二・一項、一一八条の八、一一八条の一八)、また、当該市街地再開発事業施行地区内の建築物につき、借家権を有する者は、当該市街地再開発事業によつて建築される建築物の一部につき、借家権を取得できるとされている(法一一八条の二・五項、一一八条の八、一一八条の一八)。これは要するに、当該施行地区内の権利者は、当該施行地区内に限り、一定の新たな権利を取得しうるにすぎないことになるが、このことは市街地再開発事業が一定の地域を区切つて施行されることからすれば、当然のことといえる。

しかしながら、被告は、A1地区及び先行している都市再開発事業の施行地区内の建物所有者で、かつその建物を占有している者、及び借家権者で持床を希望する者については、当該施行地区以外の地区の内、再開発事業が先行している地区の建物等につき、権利を取得することを認め、これを「特定分譲制度」として制度化している。このことは、被告が各地区の再開発事業を、全体事業という一つの再開発事業を構成する一体のものとして扱つている端的な現れである。

したがつて、将来、被告が再開発事業を予定しているA2地区の住民も、A1地区等の先行施行地区に移住することが出来るのであり、しかもA1地区とA2地区との密接な関係からすれば、A2地区住民が、先行地区の内、A1地区に移住することは、十分予想できるところである。

このように、本件事業計画決定は、A2地区住民にとつては、将来施行されるA2地区の再開発事業と一体をなすものとして、A1地区住民同様の利害関係を有するものである。

したがつて、本件事業計画決定にあたつては、A2地区住民の意思を無視することは許されない。

しかるに、被告は、A2地区の住民に対しては、本件事業計画につき、何らの説明をすることなく、さらには、A2地区住民の間に強い反対があることを知りながら、あえてこれを無視して、本件事業計画決定をなしたものである。

〈3〉 よつて、本件事業計画決定は、右の点につき、A2地区住民たる原告斉藤外八名らとの関係でも違法である。

(5) 都市計画法六六条違反

〈1〉 次に、都市計画法六六条によれば、都市計画事業認可の告示があつたときは、施行者は、すみやかに当該都市計画事業の概要について、事業地及びその付近地住民に説明し、これらの者から意見を聴取する等の処置を講ずることにより、事業の施行についてこれらの者の協力が得られるよう努めなければならないとされている。

この規定は、都市計画事業が、当該事業の施行区域のみではなく、近隣の地域にも重大な影響を与えることに対処するためのものである。本件事業計画は、A2地区についての事業計画を前提としたものであり、A2地区住民に対する影響は、A2地区についての都市開発事業と同程度のものである。したがつて、A2地区住民に対しては、前述の必要な措置をとることは、不可欠であり、これを欠くことは、許されないというべきである。

〈2〉 しかるに、被告は、A1地区住民に対しては、「阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業計画決定の公告にともなう周知事項について」と題する書面を配布し、本件事業計画の概要について、説明はしたものの、原告斉藤外八名らA2地区住民に対しては、前記都市計画法に定める必要な措置を一切講じていない。

〈3〉 よつて、本件事業計画決定は、右の点につき、原告斉藤外八名らA2地区住民との関係で違法である。

3  むすび

原告らを含むA1地区、A2地区の地元住民、商店主は、再三再四にわたつて被告に対して、全体事業の変更、具体的にはAブロツク全体について、よりよき街づくりのため、被告の協力を得た民間主導による再開発を求めて、陳情や交渉を繰り返してきた。

しかるに、被告は、これらの声に全く耳を傾けず、内容的にも手続的にも違法な本件事業計画決定を、昭和五九年六月一一日強行したのであるから、原告らは、本件事業計画決定の取消を求める。

二  被告の主張及び認否

1  本案前の申立に関する主張

(一)(1) 行政庁の行為が行政事件訴訟法三条二項所定の抗告訴訟の対象たる処分といいうるためには、その行為が私人の法律上の地位ないしは権利関係に直接に何らかの影響を及ぼす性質のものでなければならないが、原告らが本件で取消請求の対象とする本件事業計画決定は、かかる性質を有するものではない。以下第二種市街地再開発事業の手続の概要を述べた上で、その理由を明らかにする。

(2)〈1〉 市街地再開発事業のうち、第二種市街地再開発事業は、都市計画法一二条一項四号、法六条一項に基づき都市計画事業として地方公共団体が施行するものであるところ、市町村が施行する場合の手続はおおむね次のとおりである。

〈2〉 市街地再開発事業の施行区域は、都市計画法八条一項三号に定める高度利用地区内にあることが必要とされる(法三条の二、一号、同三条一号)ので、まず市町村が高度利用地区について都市計画決定し、告示する(都市計画法一五条一項、一九条一項、二〇条一項)。

〈3〉 都道府県知事は、市街地再開発事業の都市計画決定と告示を行い、これによつて、市街地再開発事業の種類・名称・施行区域及びその面積が定められる(都市計画法一五条一項四号、一二条一項四号、同条二項、二〇条一項及び同法施行令七条)。

〈4〉 市町村が、市街地再開発事業についての施行規程及び事業計画を定め、事業計画に関し定められた事項を公告する。施行規程では、市街地再開発事業の種類・名称・範囲等基本的事項が定められ、また、事業計画では施行地区・設計の概要・事業施行期間及び資金計画が定められる(法五一条ないし五四条)。

〈5〉 事業計画決定の公告があると、事業計画は第三者に対抗できるようになる(法五四条二項)。そして、法六条一項、二項、四項により第二種市街地再開発事業については、都市計画法六五条から七三条までの規定が字句を読み替えて適用されることとなるので、施行者は速やかに関係当事者に再開発事業の概要を周知させるため必要な措置を講ずる(都市計画法六六条)とともに、管理処分計画の資料としての土地調書及び物件調書を作成しなければならず、そのために他人の占有する土地又は工作物に立ち入つて測量又は調査することができる(都市計画法六九条、土地収用法三五条、三六条)。また、右公告があつた後は、施行地区内で、市街地再開発事業の障害となるおそれのある土地の形質の変更、建築物その他工作物の建設等を行おうとする者は、都道府県知事(指定都市にあつては市長)の許可を受けなければならなくなる(都市計画法六五条一項、八七条二項)。

〈6〉 施行地区内の宅地・建物等の権利者で地区内に残ることを希望する者は、右公告から三〇日の間に、その有する宅地等に代えて建築施設の部分の譲受け等を希望する旨の申出をすることができる(法一一八条の二)。

〈7〉 施行者は、管理処分計画を定め、都道府県知事の認可を受けて公告し、関係権利者に書面で通知する(法一一八条の六、一一八条の一〇、八六条一項)。管理処分計画では、配置設計や譲り受けることができるものの建築施設の部分の明細等管理処分の具体的な態様が定められる(法一一八条の七)。

〈8〉 ところで、第一種市街地再開発事業では、権利変換計画において定められた権利変換期日に関係権利者の権利変換の効力が自動的に発生することとなる(法八七条一項)が、第二種市街地再開発事業においては、施行者は管理処分計画公告後施行地区内の宅地等を任意買収により、あるいは土地収用により取得し、これによつてはじめてこれらの物件の権利者の権利は消滅する。そして、土地・建築物の明渡しが終わると、施設建築物の建築工事に着手し、建築工事が完了すれば、建築工事の完了の公告を行う(法一一八条の一七)が、この完了公告の日の翌日に譲受け希望の申出等を行つた譲受け予定者等は管理処分計画に定められたとおり、建築施設の部分等に関する権利を取得し(法一一八条の一八)、施行者はその後遅滞なく建築施設の部分等の登記を行い、清算を行い、公共施設の工事完了公告により公共施設の引継等が行われる(法一一八条の二〇ないし一一八条の二四)のである。

(3)〈1〉 以上で述べた第二種市街地再開発事業の一連の手続を前提に、施行地区内の所有権、賃借権等の具体的な得喪をみると、まず権利の喪失は管理処分計画の公告通知後行なわれる任意買収あるいは土地収用により生じ、一方新たに建築された施設の部分等の権利の取得は建築工事の完了の公告により生ずるのである。そして、その前段階として行われる本件事業計画決定は、単に施行地区を特定し、設計の概要を定めるなど当該市街地再開発事業の基本的枠組みを、一般的、抽象的に定めたものにすぎず、施行地区内の土地、建物の権利者の法律上の地位ないし権利関係には直接に影響を及ぼすものではない。

〈2〉 もつとも、事業計画決定の公告があると、前述のとおり、施行地区内の土地の形質の変更等に制限が課される外、当該土地、建物等の有償譲渡に際しては、施行者への届出を要し(都市計画法六七条)、あるいは譲受け希望の申出をした者は宅地、借地権または建築物の処分に際しては施行者の承認を要することとなる(法一一八条の三)のであるが、これは当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき、法律が特に付与した公告に伴う附随的な効果にとどまるものであつて、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。

(4) 以上要するに、本件事業計画決定ないしその公告は、直接特定個人に向けられた具体的処分でないことはもとより私人の地位ないし権利関係に直接に何らかの具体的な変動を与えるものではないのであるから、本件事業計画に関する本件事業計画決定は、抗告訴訟の対象となる処分に該当するものではなく、結局、原告らの本件訴えは却下を免れないのである。

(二) 以上述べたところは、本件原告らの訴えすべてに共通して該当するわけであるが、原告斉藤外八名の訴えについては、以下に述べる理由によつても却下を免れない。すなわち、

(1) 行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益」とは、法的に保護された個別的かつ具体的な利益、すなわち、当該行政処分の根拠となつた行政法規が当該行政処分の取消しを求める者の利益を個別的、具体的に保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益をいうのであるが、都市計画法あるいは本件事業計画決定の根拠となる都市再開発法においては、施行地区の隣接地域の住民の生活環境や財産、営業等に関する利益を個別的、具体的に保護することを目的として施行者の権限行使に制約を課している規定は存在しない。

(2) もつとも、法五三条一項によれば、施行者は市街地再開発事業計画を公衆の縦覧に供しなければならず、また当該事業計画の概要について、事業地及び附近地の住民に説明しなければならない(都市計画法六六条)。そして、これに対しては、施行地区内の住民のみならず附近地の住民であつても、当該事業に関係のある土地等について権利を有する者は、当該事業計画に対し意見書を提出することができる(法五三条二項、一六条二項)。

しかしながら、これらの規定は、右の者の意見を当該事業計画に反映させる契機を作り、もつて事業計画の内容をより適切妥当なものにしようということを目的として定められた手続規定にすぎず、直接に周辺住民の生活環境上あるいは財産・営業上の利益を個別的・具体的に保護することを目的とするものではない。

(3) しかるところ、原告斉藤外八名は、いずれも本件で取消しを求めている本件事業計画決定における施行地区であるA1地区内には何ら権利関係を有するものではなく、その隣接地区において土地、建物を所有し、もしくは土地、建物を賃借して営業を営んでいるというにすぎないのであるから、その余の点を論ずるまでもなく、同原告らは本件事業計画決定の取消しを求める法律上の利益を有せず、原告適格を欠くものといわねばならない。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1(一)の事実のうち、原告大豊興業が原告ら主張の阿倍野A1地区内に土地、建物を所有していることは認め、その余の事実は争う。

同(二)の事実は認める。

同(三)の事実のうち、本件事業計画決定にかかる施行区域内に緑地が設けられないこと、右施行地区の形状が「極めて不整形」であること及び幹線道路金塚南北線が同施行地区内の道路面積の大部分に該当することは否認し、その余の事実は認める。

(二) 同2(一)(1)の事実のうち、A1地区の都市計画決定並びにこれを前提とする本件事業計画決定が違法だとする点は争い、その余の事実は認める。

同(2)の〈1〉のうち、原告ら引用の都市計画法及び都市再開発法の条文が、原告ら主張のとおりであることは認め、その余は争う。

同(2)の〈2〉の事実のうち、本件事業計画決定の施行地区であるA1地区が旭町南、旭町一丁目北、旭町二丁目東の各町会の構成する区域であり、北側が尼崎平野線の街路で画され、その境界が明らかであること及び本件事業計画によると、A1地区の中央部には南北方向に幹線街路として金塚南北線が設けられることは認め、その余の事実は争う。

同(2)の〈3〉の主張は争う。

同(2)の〈4〉の事実のうち、被告が、昭和五八年一一月に原告ら主張のAブロツク基本計画(案)を発表したこと及び別紙(四)のAブロツク配置図が、右計画案の内容となつていること、阿倍野地区第二種市街地再開発事業において、被告が特定分譲の制度を設けていること(但し、その内容についての原告らの主張は争う)は認め、その余の事実は争う。

同(3)の事実のうち、原告ら引用の都市再開発法の条文が原告ら主張のとおりであること及び金塚南北線が、金塚地区北側を東西に走る尼崎平野線と南側を東西に走る津守阿倍野線とを長柄堺線に平行に結ぶ全長五九〇メートル、幅員三〇メートルの道路であることは認め、その余の事実は争う。

同(4)の事実のうち、原告ら引用の都市再開発法の条文が原告ら主張のとおりであることは認め、その余の事実は争う。

(三) 請求原因2(二)(1)の主張は争う。

同(2)の〈1〉の事実のうち、原告ら引用の都市再開発法の条文が、原告ら主張のとおりであること、第二種市街地再開発事業については住民の同意を要件とする旨を法律が定めていないこと、被告が、再開発事業を行うについて住民の意思を尊重することを約束してきたことは認め、その余の事実は争う。

同(2)の〈2〉〈3〉の各事実のうちA1地区の西側に隣接するC1―1、C1―2地区及び東南に位置するB1地区では管理処分計画決定がなされ、一部工事が終了していることは認め、その余の事実は争う。

同(3)の〈1〉〈2〉〈3〉の各事実のうち、原告ら引用の都市再開発法の条文が原告ら主張のとおりであること、被告が昭和五九年四月一八日から同年五月一日までの間に本件事業計画について公衆の縦覧に供したことは認め、その余の事実は争う。

同(4)の〈1〉〈2〉〈3〉の各事実のうち原告ら引用の都市再開発法の条文が原告ら主張のとおりであること、阿倍野地区第二種市街地再開発事業において、被告が特定分譲の制度を設けていること(但し、その内容についての原告らの主張は争う)は認め、その余の事実は争う。

同(5)の〈1〉〈2〉〈3〉の各事実のうち、原告ら引用の都市計画法六六条の条文が原告ら主張のとおりであること及び被告が、A1地区住民に対し「阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業計画決定の公告にともなう周知事項について」と題する書面を配布し、本件事業計画の概要について説明したことは認め、その余の事実は争う。

三  被告の本案前の申立に対する原告らの反論

1  第二種市街地再開発事業について、事業計画が決定されこれが公告されることによつて施行者は土地収用法に基づく土地の収用権を取得し、事業計画決定に定められた施行地区内の土地、建物等の権利関係者は、収用権行使の対象者たる地位を与えられ、土地収用法の規制を原則として受けることになるから、かかる効果を生ずる事業計画決定及びその公告は、施行地区内の土地、建物等の権利関係者の法律上の地位ないし権利関係に直接に具体的な影響を及ぼすものであり、本件事業計画決定が抗告訴訟の対象となる処分に該当することは明らかである。

2  さらに、本件事業計画決定公告の効果として生ずる土地の形質変更禁止及び土地、建物の処分制限は、土地、建物の収用権設定と一体の効果であり、右のごとき土地、建物等の権利関係者に対する具体的な権利制限は、公告の附随的効果にとどまるものではなく、まさに、本件事業計画決定の公告に基づく効果というほかなく、被告の主張する本件事業計画決定の公告が行政処分でないとする理由はいずれも失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告大豊興業が本件事業の対象である阿倍野A1地区内に土地、建物を所有していること、被告が、昭和五九年六月一一日、法五四条一項の規定に基づき、本件事業の事業計画を決定し、同日大阪市告示第三三八号により、大阪都市計画事業阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業の事業計画を公告したこと、A1地区についての本件事業計画決定に先立つ都市計画決定については、大阪府知事が、昭和五三年一一月二九日、大阪府告示第一六九六号及び昭和五五年二月二五日、大阪府告示第二四三号により、都市計画法二一条二項、同法一八条一項に基づき都市計画決定の公告をしていること、本件事業計画決定にかかる施行地区は、大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目、同区旭町一丁目、同二丁目、同三丁目の各一部で、その所在位置は別紙(二)A1地区事業計画決定区域図のとおりであり、施行面積は、約五・三四ヘクタール、その内、現況が道路である部分が約〇・六ヘクタール、宅地部分が約四・七四ヘクタールであること、全体事業の施行地区は、住居表示による町名とは異なつた地域をひとつのまとまりとする町会を単位として定められており、本件事業計画決定によるA1の施行地区は、旭町一丁目北町会の一部と、旭町南町会及び旭町二丁目東町会の全部を包含する地域であること、右施行地区の形状は、北側が尼崎平野線によつて直線的に画されている他は、東、南、西側とも複雑に折れ曲つた古くからの町会の境界によつて画されていること、右施行地区内には、再開発によつて、約一・九五ヘクタールの道路と三・三九ヘクタールの宅地が設けられ公園、広場等は一切設けられないこと、建築物としては、金塚南北線の東側施行地区内に、A1―1棟(一五階建、ホテル棟)、A1―2棟(一五階建、商業ビル)、A1―3棟(一七階建、住宅、商業併用ビル)の高層建物、金塚南北線の西側に、C5棟(一六階建、住宅、商業併用ビル)、C2―3棟(四階建、商業ビル)、C3―2棟(八階建、商業ビル)、C4棟(一四階建、住宅用ビル)の高層、中層建物が建設されること、右の建物、床面積の合計は約二四万平方メートルで、用途別の面積は、住宅用六万一二〇〇平方メートル、店舗用六万五〇〇平方メートル、ホテル用一万二六〇〇平方メートル、事務所用五万四五〇〇平方メートル、駐車場三万五四〇〇平方メートルなどであること、道路、建物の配置図は、別紙(三)A1地区施設建築物位置図のとおりであること、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨によれば、原告斉藤外八名が、全体事業の予定地区であるA2地区に土地、建物を所有し、もしくは土地、建物を賃借して営業を営んでいるものであること、右原告らの権利関係は、別紙(一)記載のとおりであることが認められる。

二  そこで、本件事業計画決定が抗告訴訟の対象となる処分に該当するか否かについて判断する。

1  一般に、行政庁の行為が行政事件訴訟法三条二項にいう抗告訴訟の対象となる処分といいうるためには、その行為が私人の法律上の地位ないしは権利関係に直接に何らかの影響を及ぼす性質のものでなければならないと解するのが相当である。したがつて、本件事業計画決定が抗告訴訟の対象となる処分に該当するか否かは、本件事業計画決定が、私人の法律上の地位ないしは権利関係に直接に何らかの影響を及ぼす性質があるか否かによつて決まることになる。

2  ところで、都市再開発法に基づく市街地再開発事業は、「市街地の土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るため、都市計画法及び法で定めるところに従つて行われる建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業並びにこれに付帯する事業」である(法二条一号)。

市街地再開発事業のうち、第二種市街地再開発事業では、事業に必要な用地の確保を、施行者が、一般の公共事業と同様に、契約又は収用により取得し、又は消滅させる、いわゆる全面買収の手法によつて行うが、市町村が都市計画法一二条一項四号、法六条一項に基づき都市計画事業として施行する場合の第二種市街地再開発事業の手続はおおむね次のとおりである。

(一)  市街地再開発事業の施行区域は、都市計画法八条一項三号に定める高度利用地区内にあることが必要とされる(法三条の二、一号、同三条一号)ので、まず市町村が高度利用地区について都市計画決定し、告示する(都市計画法一五条一項、一九条一項、二〇条一項)。

(二)  都道府県知事は、市街地再開発事業の都市計画決定をして告示し、これによつて、市街地再開発事業の種類、名称、施行区域及びその面積が定められる(都市計画法一五条一項四号、一二条一項四号、同条二項、二〇条一項及び同法施行令七条)。

(三)  市町村は、市街地再開発事業についての施行規程及び事業計画を定める。施行規程には、市街地再開発事業の種類、名称、範囲等基本的事項が定められ、また、事業計画には、施行地区、設計の概要、事業施行期間及び資金計画が定められ、都道府県知事が事業計画において定められた設計の概要について認可し(法五一条ないし五四条)、事業計画に関し定められた事項が公告される。

(四)  事業計画決定の公告があると、事業計画は第三者に対抗できるようになる(法五四条二項)。そして、法六条一項、二項、四項により第二種市街地再開発事業については、都市計画法六五条から七三条までの規定が字句を読み替えて適用されることとなるので、施行者は、すみやかに、関係当事者に再開発事業の概要を周知させるため必要な措置を講ずる(都市計画法六六条)とともに、管理処分計画の資料としての土地調書及び物件調書を作成しなければならず、そのために他人の占有する土地又は工作物に立ち入つて測量又は調査することができる(都市計画法六九条、土地収用法三五条、三六条)。また、右公告があつた後は、施行地区内で、市街地再開発事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更、建築物その他工作物の建設等を行おうとする者は、都道府県知事(指定都市にあつては市長)の許可を受けなければならなくなる(都市計画法六五条一項、八七条二項)。

(五)  施行地区内の宅地、建物等の権利者で地区内に残ることを希望する者は、右公告から三〇日の間に、その有する宅地等に代えて建築施設の部分の譲受け等を希望する旨の申出をすることができる(法一一八条の二)。

(六)  施行者は、管理処分計画を定め、都道府県知事の認可を受けて公告し、関係権利者に書面で通知する(法一一八条の六、一一八条の一〇、八六条一項)。管理処分計画には、配置設計、建築施設の部分を譲り受けることができるものの氏名等、譲り受けることとなる建築施設の部分の明細等管理処分の具体的な態様が定められる(法一一八条の七)。施行者は、管理処分計画の公告後施行地区内の宅地等を任意買収により、あるいは土地収用により取得し、これによつてはじめてこれらの物件の権利者の権利は消滅する。そして、土地・建築物の明渡しが終わると、施設建築物の建築工事に着手し、建築工事が完了すれば、建築工事の完了の公告を行う(法一一八条の一七)が、この完了公告の日の翌日に譲受け希望の申出等を行つた譲受け予定者等は管理処分計画に定められたとおり、建築施設の部分等に関する権利を取得し(法一一八条の一八)、施行者はその後遅滞なく建築施設の部分等の登記を行い、清算を行い、公共施設の工事完了公告により公共施設の引継等が行われる(法一一八条の二〇ないし一一八条の二四)。

3  以上の第二種市街地再開発事業の一連の手続を前提に考えると、本件事業計画のような再開発事業計画は、市街地再開発事業に関する一連の手続の一環をなすもので、単に施行地区を特定し、設計の概要、事業施行期間及び資金計画等当該市街地再開発事業の基本的枠組みを、一般的、抽象的に定めたものにすぎず、特定の個人を対象とする具体的な処分ではなく、本件事業計画決定自体によつて特定の個人の法律上の地位ないし権利関係に直接に影響を及ぼすものではないというべきである。

もつとも、事業計画の公告があると、施行者は、土地調書、物件調書を作成するために他人の占有する土地又は工作物に立入つて測量又は調査することができ、施行地区内では土地の形質の変更、建築物等の建設等を行おうとする者は都道府県知事(指定都市にあつては市長)の許可を受けなければならなくなる等の制約が課されるという不利益が生ずるけれども、事業計画後に生ずるこのような法的効果は、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき特に法によつて付与された公告に伴う付随的な効果にとどまるものであつて、事業計画決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限ではない。

そして、事業計画の性質を右のように解しても利害関係者は、本件事業計画決定後になされる自己の法的地位ないし権利関係に直接変動を与える具体的、個別的処分を受けた段階で、当該処分に対する抗告訴訟を提起し、その訴訟の中で事業計画の瑕疵を主張することができると解されるから、違法な事業計画によつてその後具体的な権利を侵害された者に対する救済手段に欠けるところはないのである。

また、原告らは、第二種市街地再開発事業については、事業計画が決定され、公告されることにより施行地区内の土地、建物等の権利者は土地収用法に基づく収用権行使の対象者たる地位を与えられ、土地収用法の規制を受けることになる旨主張するけれども、土地収用法上の事業の認定の効果が生ずるのは、市町村を施行者とする事業計画が定められた場合においては、事業計画において定められた設計の概要についての都道府県知事の認可によるものであつて(法五一条、都市計画法六九条、五九条一項、七〇条一項)、事業計画決定自体によるものではないのであるから、たとえ、土地収用法上の事業の認定(同法二〇条一項)が抗告訴訟の対象となる処分に当るとしても(もつとも、第二種市街地再開発事業においては、管理処分手続が行われ、施行地区内の権利者で地区内残留を希望する者については、譲受け希望の申出により管理処分計画の認可の公告の日前には収用によつてその者の宅地、借地権又は建築物を施行者が取得できないし、収用による場合でも、管理処分計画により定められた建築施設の部分が被収用者に与えられること等、一般の収用の場合とは著しく異なる制度となつているから、管理処分計画の前の段階である設計の概要についての都道府県知事の認可が土地収用法上の事業の認定に代わるものとされていることから、直ちに第二種市街地再開発事業における右知事の認可と土地収用法上の事業の認定とを抗告訴訟の対象となる処分として同一に論ずることはできない。)、前記の如き性質を有する本件事業計画決定が抗告訴訟の対象となる処分に当るとすることはできない。

4  以上によつて明らかなように、本件事業計画決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないというべきである。

三  よつて、原告らの本件訴えは、原告斉藤外八名の訴えに対するその余の本案前の申立に関する主張について判断するまでもなく不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫 喜如嘉貢 村岡寛)

別紙(一)~(四)〈省略〉

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